第15回<昭和4年>全国中等学校野球選手権大会

紀和大会

<準決勝> 和歌山商 4-3 和歌山中
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
和歌山商 0 0 0 1 0 0 0 0 1 2 4
和歌山中 0 0 0 1 0 0 0 1 0 1 3

 戦前の予想は和歌山商の善戦を期待してはいたが、果せるかな試合会場を埋めるファンの異常な興奮裡に息詰まる様な戦となった。是が非でも勝たねばならぬ和歌山中と背水の陣を布いて、よし敗るとも玉砕せんとする和歌山商との間には自然心理上の相違があった。恐らく総てのプレーの上に、このものが左右したであろう。和歌山商の勝因として挙げられるのは左腕投手紫田の好投でこの少年投手を中心に上田主将以下全員一団となって進撃するところに、心持良いほどのハーモニーを見せていた。連勝の壮図を胸に抱きながら遂に大志ならなかった和歌山中、彼等は実に不運だった。
 頼みとする山下は身体の故障あってか、彼がもつ怪腕の冴えを見せず危機に際しては固くなり不覚の点を許した。しかし幾度か苦境に陥りつつも盛り返し、補回戦に持込んだが、天運に利あらず、最後に勝を譲るに至ったのは同情に値する。

<準決勝> 郡山中 2-24 海草中
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
郡山中 0 0 2 0 0 0 0 0 0 2
海草中 1 6 0 1 7 8 0 1 × 24

 郡山中打撃不振で毎回殆んど凡退、3回に漸く2点を返したのみ。これに反し海草中は好打好走して2・5・6回の如きは打者一巡して、恰も無人の境を征くが如く殊に6回には打者12人、2犠打と1四球を除く9人が全員安打を放つなど、郡山中をして戦意を失わしめ途中棄権を申し出る始末まで完ぷなきまで粉砕した。

<決勝> 海草中 13-3 和歌山商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海草中 1 1 0 3 3 0 0 2 3 13
和歌山商 0 0 1 0 0 2 0 0 3 3

 前日の偉勲に和歌山商の健闘が大いに期待されたが先攻の海草中・第1打者、大亦左中間深く長打し快走よく本塁打となし幸先良い1点を挙げ、打撃大いに振るって西山、荒川の本塁打を初め長短合計18本を放ち堂々大差をつけて悠々優勝を遂げた。
 和歌山商は7安打を散発したに止まり頼みとする紫田が打ち込まれて、手の下しようもなかった。こうして海草中は連続14回出場の常時和歌山中に代わって、初めて紀和代表となった。

全国大会

<2回戦> 慶応商工 1-10 海草中
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
慶応商工 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
海草中 3 2 0 1 4 0 0 0 × 10

 海草中は新妻投手の無制球に乗じてヒッティングに出て野選、バントから西山、山脇の安打で忽ち3点、更に2回2点、4回に1点を加え、代った北村投手をも打ち込み見事なバント・ラン・プレーを行うなど縦横無尽に活躍し6回慶応商工は新妻の中越三塁打と藤井の二塁右を抜く安打に1点を報いただけ、海草中は悠々緒戦を飾った。

<3回戦> 海草中 6-3 高松商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海草中 0 0 4 0 0 0 0 0 2 6
高松商 3 0 0 0 0 0 0 0 0 3

 優勝候補随一の高松商に対し、海草中は捨身の一戦を試みた。予想通り1回より高松商は猛攻し、田上・碣石・田岡・佐藤の安打とバントで忽ち3点先取した。しかし海草中は屈せず3回至るや、大亦が直球を浜野カーブを痛快に左右に打分けここに開運の端を発し、高松商はファンブル3、暴投1を演じ捕手が走者に衝き当てられて落球する等日頃の手腕を忘れていた。前半の波乱から後半戦に入り両軍必死の攻防を続け、大観衆熱戦に魅せられ一人として立ち去る者なく、9回海草中また無死満塁と攻め立て、大亦の遊撃背後の小フライは好捕され二塁走者併殺を喫したが、浜野の遊匍高投に止どめの2点を加え、大豪高松商を破る大番狂わせを演じた。
 この試合何れが勝っても恐らく優勝試合に進み行くものとして、両チームは命をかけて闘った。整然たる守備を誇る高松商が終始不安な守備を続け危機を招く等、周章度を失ったのはよくよく悪日であったといえよう。
 海草中は勿論力もあったが、試合運びも上々で3回の暴走総てが成功した等勇猛な走塁の賜と云うべきも、高松商が冷静な処置に出ていたなら塁の中間で刺殺されるようなものもあった。西山に代わった神前少年の見事な出来栄えに只々感嘆の声を放つのみ、カーブを武器としてこれに速球を巧みにコンビネーションし、速球に釣ってカーブを看過させた手腕など老成投手も及ばぬ捌きであった。

<準決勝> 台北一中 4-9 海草中
  1 2 3 4 5 6 7 8
台北一中 0 0 0 0 0 0 0 4 4
海草中 2 0 4 0 2 0 1 × 9

(降雨のためコールド・ゲーム)
 1回海草中重盗に失敗後、荒川中堅左に三塁打を放ち忽ち2点、更に3回四球、安打、野選、犠打に加うるに得点の足を利して4点をかせぎ5回には集中安打を浴びせて2点計8点を入れ大勢を決した。
 これに対して台北一中は全く精気を欠き8回表、二死満塁の時、猛烈な夕立に襲われ投球困難を極める中に試合続行され、四球連発のため海草中・西山投手をプレートに送る等、防戦に努めたが、トコロテンで4点を与えた時、遂にタイムを宣せられコールド・ゲームとなる。台北一中のため同情に耐えないが、海草中にとっても後口の悪いゲームとなる。

<決勝> 広島商 3-0 海草中
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
広島商 0 0 0 0 0 0 3 0 0 3
海草中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 戦前の予想は海草中やや有利と見られたが、1回先攻の広島商二死満塁と攻めたてたが和田の遊匍に入らず、海草中も大亦四球、鈴木強気に打って三遊間安打、浜野のバントに送られ荒川の二匍に本塁を衝いたが寸前アウト、両軍鉄桶の守備に互いに譲らず、前半広島商や押し気味に7回至るや、広島商一死満塁、田中三振を喫したが、左打者太田外角を引つかけしぶい安打を右前に放ち2点先取した。これに神前気を落としたが、四球を連発し更に1点を押し出し致命的3点を奪われる。
 最終回海草中は大亦、三遊間を抜き鈴木の好打投手弾いて二塁手前に転じ、大亦と共に併殺を喫し、海草の武運天外に去るかと見えたが、飽く迄屈せず四球と安打で満塁と迫ったが山脇2-3と粘って遂に三振して万事休す。強気の海草中・渋味に富む。広島商は奇手の快味に比す可く、一は正手の床しさを思わせる。広島商チームは戦前評判にもなかっただけにその優勝は意外に思われるが、全体としてバランスのとれた恐るべき地力を持っていた。最後に長蛇を逸したとは言え、奔馬空をかける海草中の健闘振りは本大会の初陣を飾るに十分なものといえよう。