第63回<昭和56年>全国高等学校野球選手権大会

和歌山大会

<準決勝> 和歌山工 6-4 田辺商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
和歌山工 0 0 0 0 2 3 0 1 0 6
田辺商 2 0 1 0 0 0 0 1 0 4

 勢いづいた和歌山工の打線は怖い。中盤、集中打で一挙に逆転。投げても2回から沢村を救援した中田がコーナーを丁寧につく投球で田辺商打線をかわした。
 3点を先行された和歌山工は5回、無死から敵失と四球で一、二塁、国本が送りバントを失敗して一死となったが、続く中田、谷口の連続適時打で2点を返した。6回には二死中田のとき三塁走者中野、一塁国本の意表をつく重盗で同点、さらに中田の右前打で国体が生還して逆転。たたみかけるように谷口が中越の二塁打を放って中田をかえし、この回一挙3点をあげた。
 田辺商は1回先発沢村の立ち上りを果敢に攻め、深見の左中間二塁打で2点を先制した。3回にも救援の中田から2安打で1点を加えた。しかし、中盤からは中田の低めのカーブにタイミングが合わず、9回必死の代打攻撃も実らなかった。

<準決勝> 海南 1-0 県和商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海南 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1
県和商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 投打に似かよった両チームの対戦は8回までお互いに一歩も譲らなかった。それまで放った安打はともに4安打、9回、力をふりしぼった海南が2安打と1犠打で貴重な1点を奪い、逃げ切った。
 0-0のまま迎えた9回、海南は一死のあと中井、呉が連続中前にはじき返した。さらに西川が四球を選んで一死満塁の好機。続く石井は四球目を一塁線ぎりぎりに見事なスクイズバントを決め三塁走者を中井を迎え入れ、決勝点となった。
 県和商は1,2,8回に走者を三塁まで送りながら得点に結びつけられなかった。9回二死後、代打の小川、塩路が連打して必死の反撃に出たが、崎浜が二ゴロに倒れ希望を断たれた。

<決勝> 海南 1-4 和歌山工
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海南 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
和歌山工 0 0 1 1 2 0 0 0 × 4

 「いいか、何でもいいから塁に出ろ」3回和歌山工・吉川監督は先頭打者の中田に指示した。1回のピンチを1点で抑え併殺で切り抜けた。2回、3回も併殺で得点を許さない。「よし、みんなががっちり守っている。走者を出せば流れが変わる」と読んだ吉川監督。期待にこたえて中田が四球、続く谷口は遊ゴロ、児玉も三塁ライナーで二死、「打線を信頼しているので」(吉川監督)という強攻策は裏目にと思われた。が、山本の三塁ゴロを川村がそらし一、三塁。江原の三塁ゴロが再び敵失となり、中田が両手をたたいて本塁ベースを踏んだ。結果的に試合の流れを変える1点となった。
 勢いに乗る和歌山工は4回、先頭の浜野が右中間を破る二塁打、田中が送ったあと、国本は二球目、高めの速球を二塁前へ絶妙のスクイズ、浜野が躍り上がってかえり勝ち越した。 
 1回から激しいカネ、太鼓で応援を送り続けていたスタンドがわく。「海南タオセーヨ。」叫びが渦のように流れた。そのスタンドの一角に和歌山工一小柄な山本の母・和子さんが見えた。「甲子園行くからな、ひとこと言って家を出たんですよ。」とグラウンドいっぱいに小さな体をはずませる山本を目を細めて追っていた。
 粘る海南を突き放したのは和歌山工の5回集中打だった。今大会、絶好調の谷口、児玉が連続二塁打した。「4回ごろから呉投手の球が高めに浮いていた。前に立って思い切りたたけと指示した」と吉川監督。言葉通りの打撃だった。山本の二塁ゴロで三進していた児玉も江原のスクイズが投前の内野安打となる間に生還、この2点。力投を続ける中田も「5回の2点で、体が楽になった」というほど重みのある追加点となった。
 海南の先制攻撃も見事だった。1回、先頭の南村が中田の投じた二球目をたたくと快音を残し左中間を深々と破る二塁打。山野が確実に送った後、中井は右前へ適時打。一試合ごとに力をつけてきた海南の息もつかせぬ攻めだった。海南の攻撃は当っている四番呉を迎え波に乗るかにみえたが、呉は遊ゴロで併殺。追加点のチャンスは一瞬にして消えた。2回にも無死から西川が四球で出塁。石井の送りバントは不運にも一塁邪飛、飛び出していた西川まで刺されて2回目の痛い併殺。不運はさらに続き、3回にも酒井が死球で出塁したが、南村の二塁ゴロでまた併殺。「追加点、ダメ押しの好機だった。あれで試合の流れがガラリと変わった。」南口監督の思いも同じだった

  序盤、毎回のように走者を出していた中田は、海南の不運な攻撃と味方打線の援護でしり上りに調子を上げた。低め一杯のカーブと直球、ゆっくりとしたモーション、冷静を失わない投球に変っていた。中盤まで粘りを見せた海南打線も、立ち直った中田に7回以降は1人も走者も出せなかった。「試合前、今日はお前にすべてを任せるといったんです。中田はその通りのねばりの投球を見せてくれた。あいつの気力が初優勝を呼び込んだといってもいい。」吉川監督の顔がはじめてゆるんだ。

全国大会

<1回戦> 和歌山工 4-0 星稜
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
和歌山工 2 0 0 1 0 0 1 0 0 4
星稜 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 和歌山工は基本に忠実な攻撃で先行した。1回、児玉が左前安打で出ると、バントで送って一死二塁、この好機に江原が二塁手左を抜いて1点。バックホームの間に二進した江原が中野の二ゴロで三進、続く谷口の二塁内野安打で加点した。星稜の左腕・浅香が立ち上がりにカーブの制球に苦しんでいるのを見抜き、ストライクを取りにくる直球にねらいをつけ、さらに各打者が走者を進めようとする打法をみせた。
 星稜は好守に同校の持ち味であるうまさやしぶとさがなかった。1回の守りで致命的だったのは、一死二塁から江原の打球を処理した音のバックホーム。このため、打者走者に二塁を奪われ、中野の二ゴロで三塁を与えたことだ。これが2点目になった。徹底して守備の強化をはかり、細かい野球を身上にする星稜だけに惜しいプレーだった。また、打撃面でも、ねらい球が絞れなかったようだ。中途半端な大振りが目立ち、和歌山工・中田の内外角低めの変化球が打てなかった。4回に中村、6回に西川が球をよく引きつけ、本来の力を出したが得点に結びつけられずに終わった。

<2回戦> 和歌山工 2-0 近江
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
和歌山工 1 0 0 1 0 0 0 0 0 2
近江 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 和歌山工・中田の投球は平凡に見えても内容は実に豊かだ。球速はなくてもほとんどの球が打者の手元で変化する。しかも低めをていねいにつき、打者の打ち気を読んで巧みにゆさぶった。
 1回、近江は先頭の藤田が中前安打してすぐ二盗、田中のバントで一死三塁と中田を攻めつけた。だが、中田は少しもあわてず坂口を0-2から内角へ鋭いシュートで詰まらせ遊飛。二国には外角をついて二ゴロにかわした。もう一つのピンチは8回無死で代打古川が右越え三塁打された場面だったが、近江のスクイズ失敗で切り抜け完封した。
 中田が持ち味を出せたのは早い回で打線の援護があったからともいえる。和歌山工は1回、児玉がいきなり中前打、藤岡はバット失敗したが、江原・中野が連安打し、動揺した加藤から谷口が押し出しの四球を選んで1点。4回にも無死二塁打の国本を手堅く送り、田中が左犠飛、この前半の2点は中田にとって大金支えになった。
 近江は1回の一死三塁の同点機を逃したのが痛い。ねらい球を決めるなり、右打ちに出るなど、もっと徹底した攻略法をとっていたら反撃の機会もつかめたろう。

<3回戦> 和歌山工 4-0 熊谷商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
和歌山工 1 1 2 0 0 0 0 0 0 4
熊谷商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 主戦投手を右腕骨折で欠く熊谷商。一年生の松本では、やはり荷が重かった。スローカーブなどをまじえて懸命に和歌山工打線をかわそうと試みたが1回、児玉の二塁打と中野の一、二塁間安打で先制された。2回は安打やバントで二死二塁とされ、田中の左前安打を左翼手が三塁手に悪送球して2点目。さらに3回は、四球の後、中野・谷口に短、長打を浴びて計2点を許した。投手が非力なのに、野手が足を引っぱるようでは熊谷商も苦しい。
 熊谷商としては、ある程度の失点は覚悟のうえ、打ち合いで勝機を見いだしたかったのだろう。しかし、中田の低めによくコントロールされた速球、カーブをどうしても打ち込めず、7回まで1安打、8回、一死から根岸、原隆が連打してようやく一、二塁の好機をつかんだが、後続が凡退。9回も連打で一死一、三塁と『粘りの熊谷商』らしい反撃をみせたが、あと一本が出なかった。
 和歌山工は、三試合を連続して完封、無四球の中田の力投もさることながら、守りが実に堅い。とくに中堅・岡本、遊撃・児玉が難しい打球を再三好捕し、中田をもりたてたのが光った。

<準々決勝> 和歌山工 0-2 京都商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
和歌山工 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
京都商 0 0 2 0 0 0 0 0 × 2

 京都商が見事な右翼打ちを見せた。3回一死後、まず中沢が外角に入るカーブを右前安打、つづく鄍の二球目にヒットエンドラン。鄍は外角球を一、二塁間に流し打ちして一、三塁間。鄍は次打者の初球に二盗を決めて和歌山工・中田を攻めつけた。中田は三試合連続無失点と安定した投球を続けていたが、やはり疲れていたのだろうか、直球、カーブもこれまでにみられた打者の手元にきてからの伸びと威力がなくなっていた。
 中田は低めを突いた投球で内野ゴロを打たせ、このピンチを逃れようとしたのだろう。水本への2球目は外角低めへ落ちる球、だが、球威がないために水本はスクイズバントを成功させた。30イニング目の失点。心の動揺をつくかのように、堀田は初球を投手強襲安打して2点目を加えた。
 不調の中田とは対照的に、京都商・井口の右腕はさえた。初回から落差の大きいカーブを多投、和歌山工打線に決定打を許さなかった。このため和歌山工は5回まで無安打、6回に田中が初安打、二死二塁で江原が一、二塁間を破ったが、田中が三塁コーチの制止を振り切って本塁を突き右翼手からの好返球で刺された。中田が打たれ、打線がわずか4安打では和歌山工の敗戦も仕方がないだろう。