第36回<昭和39年>選抜高等学校野球大会

<1回戦> 金沢商 2-0 市和商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
金沢商 0 0 0 2 0 0 0 0 0 2
市和商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 さあプレー・ボール。始球式のワイルドピッチ(失礼)、文部大臣が、場内の緊張を柔らげてくれたが、両軍ナインだけはやはり武者ぶるいしていた。無理もない。共に初出場で、開幕のクジを引きあてたのだ。その中で一番冷静だった市和商、岩崎投手が、うまいカーブで無難に3者を打たせてとると、その裏、金沢商・辻󠄀投手も市和商打者も「かなりアガっているナ」と思われた。
 辻󠄀が力まかせに投げ込むタマは、はっきりしたボールが多く、これをまた市和商打者が、無造作に振っていた。辻󠄀の荒れは2回からおさまってきたが、チャンスは市和商に先に訪れた。
 3回先頭の土井が中前に初安打、小松の三塁線絶好のバントは、辻󠄀が足をすべらせて内野安打となって無死一、二塁。さらにバントで一死二、三塁と攻めこんだ。小松はジグザグ打線を形づくる"左打者3銃士"の1人。左腕辻󠄀にそなえて、この日は西下に2番を譲っていたが、お得意のバントで存在価値を高めたわけ、しかし寺島が0-1後のスクイズに失敗(ファウル)したあと強攻に転じて三振、西下も辻󠄀のスピードに押されて凡退し、もう一押しができなかった。
 その直後、金沢商は一順した中軸が、岩崎の緩球をとらえた。これも竹内が遊撃内野安打して無死走者を出し、坂井正がすばらしい当たりで三塁線を抜く二塁打、同じ走者ニ、三塁でも市和商とは対照的な強打でこのチャンスをつくった。つづく辻󠄀は金沢商唯一の左打ち。1-2後、岩崎のカーブがやや高めに入ってきた。一振したバットから、打球は中堅方向へ飛ぶようにみえたが、左中間へきれながら落下、この二塁打で、2者が生還待望の先取点をあげた。
 大会第1戦の先取点、しかもエースの辻󠄀がたたき出した2点のリードは、金沢商の守りを落ち着かせた。真上から投げおろす辻󠄀の剛速球は、一冬越してさらにスピードを増し、カーブの切れもよくやや非力の市和商打線はちょっと手が出ないという感じ。たまに走者が出て、それが二進することがあっても、辻󠄀に危機感はさらになかった。
 市和商は後半、辻󠄀のタマ筋を見るようになり、最終回木村智、藤田の3、4番が無死連打して、猛烈に追い上げたが、一死後巧打者岩﨑の左翼左をおそう痛打が、左翼手坂井秀の好守にはばまれ、土井も右飛、ついに一人も本塁を踏むことができなかった。
 岩﨑も、5回以後すぐペースを取り戻し、定評通り大きなくずれを見せなかったが、健闘もむくわれず、遂に2点で押し切られた。3回市和商のスクイズ失敗が、均衡を破る好機だっただけに、惜しまれる。

<1回戦> 海南 12-2 北海
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海南 0 1 1 0 0 5 0 5 0 12
北海 0 0 0 0 0 0 0 2 0 2

 南国で十分練習のゆきとどいた和歌山海南にくらべて、北海はやはり練習不足、打線が海南山下投手の速球に目がついていけなかった。それにエース宮本がヒジを痛めて投げられないため、長嶺投手が打たれても代えることができず、傷口を深くした。
 試合は最初からの海南のペースで進んだ。海南は2回長嶺投手が苦しんでいるところをとらえて先取点をあげた。一死後四球の南口が二盗、柴田も四球で歩いた。さらに川端は0-1後のあと長嶺の好球を右前に快打、南口をむかえ入れた。
 長嶺の制球難は3回にも続き、先頭の浜井がストレートの四球、続く栗田の第1球ホーム前1mでワンバウンドする暴投となり浜井は二塁、栗田は左前に快打して一、三塁。浜井は栗田2盗の間に本塁へ進んで刺されたが、川井は1-2後の好球を左中間に三塁打して、2点目をあげた。
 海南山下北海打線の不振にも救われていたが、3回までアウトのうち三振が7という好投ぶり。北海長嶺は4、5回やっと落ち着いたと思われたが、持ち前の速球さえず6回二死後から海南に連続5長短打を浴びてついに退いた。
 この回の海南の攻撃は寺坂四球のあと柴田、川端、小川が3連打すると、浜井、栗田が連続二塁打、あっという間に5点をあげて勝負を決めてしまった。
 海南はこの後8回にも打線を爆発させ、北海の二番手山根投手に2四球、4安打を集めて5点をあげた。北海は7回から代った海南川端投手の乱れに乗じ、やっと2点を返したものの時すでに遅く涙をのんだ。海南は山下投手が好調、それに打線が当たりに当たっており、この調子を持続できれば今大会の大活躍が期待できる。

<2回戦> 海南 0-2 尾道商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
海南 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
尾道商 0 0 1 0 0 0 1 0 × 2

 尾道商の小川投手の見事なチェンジ・オブ・ペースが海南の強打者を封じ、またも大会に波乱を起した。小川投手の投球ぶりは全くのらりくらり、カーブが内角から入ったと思うと、次は外角、そしてシュートを内角に沈めるなど、とらえどころがなかった。しかも低目ばかりをついたので、高目が好きな海南の打者をとまどわせた。
 海南は中盤以降、催眠術にかかったように小川投手にほんろうされて、最終回二死後から反撃で栗田、川井が連安打したあたりに、片りんをみせただけに終わった。
 海南山下投手はタマの切れが悪く、1回早くもトップの中島を四球で歩かせた。後続を断ったものの、この回だけで28球も投げた。それも2ストライクをとってからの投球が浮いて、尾道商の打者にねばられたものだった。
 山下は3回トップの中島にストレートの四球を与えた。ここで尾道商は中島が二盗に刺されたが、畝田も四球、つづく寺下は1-1後のヒット・エンド・ランがベースカバーに動いた遊撃手の左を破って一、三塁。田坂はたたみかけるように初球をたたいて中前に安打して畝田を迎え入れた。
 海南は遂に山下をあきらめて川端を救援に立て、このピンチを切り抜けた。しかし川端もコントロールに苦しみ、5回3四球で一死満塁にするなど、毎回のようにピンチに立った。
 7回尾道商は二死一、三塁から重盗で貴重な1点を加え、ほぼ大勢をきめた。この重盗は安井を代打に立てて打たすとみせかけ、巧みに海南の裏をかいたもので、全く巧妙なかけひきといえる。海南としては力を出し尽さず敗れた感じだが、投手力の不安が攻撃面へも大きく影響した典型的なゲームだった。