第37回<昭和40年>選抜高等学校野球大会

<1回戦> 向陽 5-2 高鍋
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
向陽 0 0 0 1 4 0 0 0 0 5
高鍋 0 1 0 0 0 0 1 0 0 2

 宮崎勢の前に一回線の壁は厚い。また悲願の1勝をあげることはできなかった。マウンド上の高鍋牧投手はまるで王様。1.78m、76kg厚い胸、太い足腰、この人がふりかぶって投げこんだらすごい威圧感を与えると思うが、変わったことに走者がいなくても、セット・ポジションをとって投げる。それでも重い剛球だ。
 3回までは外角低めの速球、ブレーキ鋭いカーブが決まって、向陽は全く手が出ない。高鍋が2回、小沢、長町の長短打で先制したときは、牧の好投が続く限り、この1点は向陽にとって重そうだった。ところが4回牧がとてつもない四球禍に見舞われた。3四球で一死満塁のあと、左打者谷口の右足に2球目をぶつけて押し出し点。ここは1点で切り抜けたものの足元を見透かした向陽は5回すぐ速攻に転じた。
 一死後、羽柴が三塁線のバント安打で生き、湯川の一ゴロ失で一、二塁の足場をきずいた相手の奇襲と、バックの凡失で、牧は孤独感につつまれたのだろう。序盤戦の球威はどこえやら単調になり、コースも真ん中へ集まりがち。向陽は大岡が左翼頭上を破る二塁打して2者生還二死後野崎三遊間をぬき、谷口は左中間深々と三塁打を放つかさにかかった攻撃で、さらに2点を加えた。
 ちょっと突破口を見つければ、たちまちつけ込む向陽を相手に、牧が制球難を暴露したのだから、逆転はあっという間のできごと、牧は8回からとうとう富岡にプレートをゆずって、ベンチにさがってしまった。
 立場を変えた向陽は、守りにもゆとりが生まれた。立ち上がり受け太刀だった野崎投手がその後もときどき安打されながらも、動揺することはなかった。高鍋は牧の制球力が裏目に出たための崩壊であり、ひとりのスーパー男におぶさる悲しさだった。

<1回戦> 市和商 2-1 小倉
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
市和商 1 0 0 0 0 1 0 0 0 2
小倉 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1

 市和商は1回寺井の三塁ベース上を抜く二塁打と土井の左翼線適時打で先取点をあげた。
 小刻みな早いモーションで投げる小倉安田投手の投球は切れがよくのびがあった。
 打たれたのは打者の内角へ食い込むような左腕独特のカーブだったがコースがわずかに高かったのは惜しい。しかしこれをすかさずたたいた市和商打線の鋭さは目をみはらせた。
 先取点に守られた市和商の2年生岡本投手は、投球間隔をゆっくりとったゆとりのある投げ方で好調な立ち上がりであった。速球が外角低目にきまって、小倉の打者はいずれも振り遅れぎみ、小畑が無死で右翼線二塁打した2回の反撃機、さらに5回出島が安打に出たチャンスを小倉はともにバント失敗で逃した。
 このような小倉のもたつきとは逆に、市和商は6回、左翼線二塁打の藤田が岡本への3球目に三盗に成功。4球目の悪投で生還する手際のよさをみせた。しかしその裏小倉は、四球に出た西村が、岡本のけん制球悪投で三進、安田の中堅右を破る二塁打で生還して試合はたちまち1点差にかえった。
 小倉は7回にも出島が三遊間安打に出たが、弥永がバントに失敗した。これまで2度のバントをともにしくじっている弥永に、またバントさせた小倉の作戦はしぶといが裏目ばかりに出たのは不運。一度でも成功していたら集中力のある小倉打線は恐らく本領を発揮したことだろう。逆に言えばこれを封じた守りの堅さこそ市和商の勝因だった。

<2回戦> 市和商 6-2 中京商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
市和商 0 0 0 2 0 2 0 2 0 6
中京商 0 0 0 0 0 0 0 0 2 2

 市和商の冨田がシュートとカーブをうまくまじえれば、市和商の岡本は快速球で内外角をゆさぶって共にゆずらぬすべり出しだった。3回までの両投手をみていると当然投手戦になるかと思われたが、打者が一巡すると市和商が冨田の切りくずしに成功した。
 4回、寺井が初球をたたくと中堅、右翼、二塁手の中間にぽとりと落ちるラッキーな安打となった。無死の走者を出して3、4番を打席に送る市和商はまず手堅く藤田にバントさせたがファウルとなった。2-1後冨田の一投は真ん中への直球、藤田はこれを右中間へはじき返すと一番深いフェンス際までころがった。寺井が生還、藤田も俊足をとばして三塁をまわるランニングホーマーとなった。
 冨田が藤田に投げた球は好球すぎたがそれよりも、記録上失策ではないが、藤田の打球処理の中継プレイにやや不手際があったのはいつもの中京商らしくなかった。
 この2点で市和商打者はすっかり自信をもった。6回には一死後、寺井以下が3連打して満塁と攻めつけ、岡本の四球と岩崎のスクイズバントで加点、岡本のピッチングからみて、市和商は試合の主導権を完全に握った。
 中京商は3回、一死後天野の二塁打、5回無死伊藤の中前安打を活かせず、6回には一死後四球と安打で一、二塁となり、冨田が中前へと続いたが、二塁走者の村井がホームを衝いて市和商の好返球に刺され反撃の芽をつみとってしまった。9回、林の二塁打、天野の三遊間安打などで2点を返したがおそすぎた。
 市和商は全員よく練習を積んだチーム力を発揮したが、とくに2点ホーマーで先取点をたたき出した藤田が、8回にも右翼ラッキーゾーンに2点ホーマー(個人の1試合2ホーマーは大会新記録)を打ち込んだ守備でも再三好プレイを見せて中京商は藤田の好守の活躍で完敗したともいえる。

<2回戦> 向陽 3-9 静岡
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
向陽 0 1 0 0 0 0 1 1 0 3
静岡 2 0 2 4 0 0 1 0 × 9

 恐るべき静岡の爆発力だった。向陽が3人で退いた初回裏、静岡は先頭の佐藤昭がいきなり中前へ快打した。山口の送りバント失敗でランナーが代って、3番服部は野崎の外角球を右翼手の頭上へはじき返す二塁打で1点。しかも中継に立った投手があせってホームへ高投する間に三塁に達し、小田の強烈な中堅ライナーでやすやすとホームイン。棒でなぐりつけるような立ち上がりの強襲だった。
 2回ごろ甲子園は静岡の猛襲を象徴するような雨を交えた突風がひとしきり吹き荒れ、小雨の中で静岡の攻撃が続いた。3回二死一、二塁のチャンスに強打者小田は野崎の内角寄りを左中間にたたいて2点。さらに4回には一死後、下位の丸山、飯田佳が右前へ連打、スクイズ失敗した二死から山梨、佐藤昭、山口の3長短打がつるべ打ちに向陽の守備陣を襲い、4点をもぎとった。
 向陽は2回に反撃の機会があった。宮本の四球のあと谷口が左中間を深く破って無死三塁。しかし静岡の飯田悦投手はうまく後続を継って1点に食い止めた。スピードはなかったが、横手投げから大きく曲がるカーブとクセのあるシュートを丹念に内外角に投げ分け向陽の打線をかわした。
 向陽の野崎は゛強打静岡"の名を意識しすぎたのか、立ち上がりから力みすぎ、野崎らしいうまみのあるコーナーワークがみられなかった。
 特に4回は雨にうたれ、"こんなはずでない"という表情を全身に見せ、むきになって投げるほど球は中央に集まり、静岡の鋭い打球が右に左に富んだ。
 6、7回向陽は懸命に追いすがったが、飯田悦投手は味方の大量点にもささえられ、終始冷静さと余裕を失わず、自分のペースで投げとおした。それにしてもこの日の静岡打線は先発メンバーのうち投手を除く野手が全員安打、対秋田戦に続いて、看板の強打をまざまざ見せつけた。

<2回戦> 市和商 5-0 農大二
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
市和商 0 4 0 0 0 0 1 0 0 5
農大二 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 真っ青な空にくっきり浮いた赤、青、黄のアドバルーンが春らしいコントラストを描き出していた。空気がすみきり気持ちの良い朝だった。だが試合が開始されたころは気温 5.2と肌寒かった。このコンディションに備えて両校ナインは夜明け前に起床して体をほぐすことにつとめたことと思うが、早朝試合ではこの調整が一番大切である。この日農大二の先発に起用された左腕小林投手はこの調整ができていないようだった。
 農大二のベンチとして前日の試合で下手投げの樫山を立てたので、目先を変えるつもりで左腕投手の起用となったのだろう。
 しかし小林は立ち上がりから投球がうわずり気味で押えがきいていなかった。好打者のそろった市和商に対してはまことに危険なピッチングである。初回藤田に左翼線二塁打された危機は脱したが、つづく2回市和商に5本の集中打をこうむって大量4点を奪われた。この回市和商は一死から岩崎、中尾が連続ヒットして得点機をつくったのだが、この好機に上位3人が示した好球必打の鋭い打法はまことに見事であった。さすが元気ものの農大二も、この大量失点にはいささか気勢をそがれたようで、打力にまで影響してきた。その上得点となると走者が塁上で刺されるなど、得意のかきまわし戦法も空回りしていた。
 この点、市和商の岡本投手は味方の優勢に気分的にも楽に投げることができた。りきまず低めをねらって丹念に投げる球は、1日の休養もあって威力があった。外角をつくカーブも鋭く切れ、快調だった。市和商はこの岡本をバックがよりもり立て、がっちりしたチームワークで農大二の攻めを一歩もふみこませず、7回には3人目に登板した金子投手からダメ押しの1点を奪って堂々と押し切った。
 農大二は後半なんとか一矢もむくいようと、毎回のように走者を出したが、市和商の堅陣をどうしても破ることができなかった。
 結局は投手力の差が勝負を分けたが、市和商は攻守ともに実によく訓練され、その長所を随所にみせるすばらしいチーム力を発揮していた。

<準決勝> 市和商 3-1 高松商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
市和商 0 0 0 0 1 0 0 0 2 3
高松商 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1

 好守でなる両チームであるが、市和商はこれまでと全く変わりない冷静さで試合を運んだのに対し、高松商はめずらしく足が地につかない様子が立ち上がりにみえた。
 2回市和商岡本に右翼三塁打を打たれたとき、つづく国本のスクイズ・バントをうまく処理して本塁で走者を刺したまではよかった。しかしこの後国本を投手のけん制で一、二塁間にはさみながら、二塁手が一塁二塁を許した。さらに中尾四球に続いて秋田の投ゴロを内野安打にした投手-一塁手の呼吸の乱れは高松商にしては珍しい凡プレイだった。
 市和商はこの回の一死満塁の先制機を逃したほか、3回には寺井が無死、中前安打に出て二盗成功と押しまくった。
 そして5回打棒好調の寺井が三塁強襲の二塁打に出た好機に、土井が0-2から痛烈な当たりを左前に飛ばして遂に先制点をたたき出した。
 高松商は守備陣の不安が攻撃面にもひびいた。すばらしい制球力で外角にカープと速球を集めてくる市和商・岡本投手に抑えられ、前半は3安打。
 市和商は7回、無死で藤田が右翼線へ二塁打するなど、この回まで8安打の毎回走者、市和商優勢をはっきり描き出した経過。8回をむかえて、高松商にとって残るわずかに2回となった。だがここで高松商は岡本の外角カーブを遂にとらえた。一死後、菊池が初球カーブを右翼三塁打、つづく小倉も1-1から右前に適時打してついに同点。しかし、市和商はひるまなかった。にわかに盛り上がった球趣に乗じるかのように、最終回二死から猛攻に転じた。口火を切ったのはこの試合4本目の安打を遊撃左に飛ばした寺井だった。打者藤田への3球目にこの日3つ目の二盗に成功、藤田はすかさず左前にテキサス二塁打して寺井を迎え入れ、さらに土井の右翼線テキサス安打で藤田もかえった。なおも岡本、岩崎の安打が続くなど5連安打のすさまじさで高松商を押しつぶした。

<決勝> 市和商 1-2 岡山東商 
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
市和商 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
岡山東商 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 2

 1回二死、市和商は藤田が打席に入った。一斉にわき起こる拍手。チーム・プレーを鉄則とし、ファンもそういう目で高校野球の試合にあって、個人にこれだけの人気が集まったのは全く異例のことだ。その藤田が期待通りの快打を中前に飛ばしてゲームはすべり出しから息苦しい程の熱気を帯びた。
 1回、市和商を無得点に押さえて37イニング無失点の新記録をうち立てた岡山東商の平松投手は好調とはいえなかった。ワインドアップで踏み出す左足が十分にあがらない。このためピッチングが委縮して投球は高めに流れた。緊張感が強かったからだろう。このため市和商は2回岡本の中前安打をきっかけに、無死一、二塁、3回寺島、寺井の連安打などでチャンスが続いた。
 とくに3回は藤田の3球目に重盗をきめてニ、三塁とし、藤田の一撃に満場がカタズをのむ場面があったが、藤田は捕邪飛にしりぞいた。
 その裏、岡山東商は池田の二ゴロ失からチャンスをつかみ、福井のバントのあと、宮崎の高くあがった飛球が中前へポトリと落ちて、幸運な先取点をもたらした。
 しかし市和商はすぐ反撃に出た。4回無死、岡本が中越三塁打、スクイズ失敗で岡本は刺されたが、中尾は名誉挽回の二塁打を左越に飛ばし、秋田の遊撃左安打で一、三塁のあと、土津田が1-1から右前へ巧打して同点とした。
 何度かチャンスを逃しても、なおこれでもかと食いさがって行く市和商のねばり強さはおそろしい。さしもの平松投手もついに40イニング目に無失点記録をはばまれた。その裏、岡山東商は和田が無死で左翼頭上を破る三塁打に出たが強攻策が実らずリードを奪えなかった。
 このような波乱含みの序盤戦から一転、中盤は完全な投手戦となった。これは岡本投手のピッチングがますますさえ、平松投手も立ち直ったからだ。さらに守備陣がよく働いて両投手をもり立てたので、血気にはやる両チーム攻撃陣も突破口を開けないまま延長戦。ここまでくると、どちらが球運に恵まれるにしても、敗れるチームを見るにしのびないような感情を、スタンドのファンが持ったと思う。
 だが、いや応なしに決着をつけなければならないときがついにやってきた。
 13回裏無死、岡山東商は宮崎が三塁強襲安打に出た。青井が一塁線にバントして確実に二塁へ送ったあと、中島の初球ヒッティングが成功、打球は一直線に投手の足元を抜けて中前へ転々とする勝利の一撃となった。中島は対明治戦につづいて2度目のサヨナラ殊勲打である。
 スコアが示すとおり投手戦だったが、半面、攻撃側から見ても長打あり、重盗ありで両チーム知謀のかぎりを傾けつくしたみごとな大勝負だった。市和商は延長戦になってからは押し気味だったが、それでも勝てなかったのは不運の一語につきる。岡山東商の勝因をしいてあげれば6打数5安打の宮崎というラッキーボーイが出たことだろう。